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福岡高等裁判所 平成5年(ネ)663号 判決

控訴人

Y

右訴訟代理人弁護士

加藤修

被控訴人

Z

被控訴人

X

右訴訟代理人弁護士

大村豊

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  平成二年四月二七日熊本県上益城郡矢部町長に対する届出によってされた控訴人と被控訴人Zとの間の協議離婚が無効であることを確認する。

2  被控訴人Zは、控訴人に対し、金五〇万円及びこれに対する平成三年一〇月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  控訴人の被控訴人らに対する婚姻取消請求並びに被控訴人Zに対するその余の金員請求及び控訴人の被控訴人Xに対する金員請求をいずれも棄却する。

4  この判決は、2号に限り仮に執行することができる。

二  訴訟費用は、一・二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人Zの各負担とする。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  主文一の1号と同旨

三  平成二年五月二日熊本県上益城郡矢部町長に対する届出によってされた被控訴人Zと被控訴人Xとの間の婚姻を取り消す。

四  被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して、三〇〇万円及びこれに対する平成三年一〇月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、控訴人が、昭和四四年一〇月一五日の届出による被控訴人Zとの間の婚姻(以下「第二回婚姻」という。)が有効であることを前提として、①平成二年四月二七日の届出による被控訴人Zとの間の協議離婚(以下「第二回協議離婚」という。)が控訴人の意思に基づかないことを理由としてその無効確認を、②同年五月二日の届出による被控訴人ら間の婚姻(以下「第三回婚姻」という。)が重婚に該当することを理由としてその取消しを、③被控訴人らが共謀の上控訴人に無断で第二回協議離婚の届出をしたとして、共同不法行為を理由とする三〇〇万円の慰謝料の支払いをそれぞれ求めた事案である。

第三  当裁判所の判断

一  協議離婚無効確認請求について

1  証拠(甲一ないし三、乙一ないし三、証人國武栄美子、控訴人、被控訴人Z及び被控訴人X各本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 被控訴人らは、昭和二九年八月ころから同居を始め、昭和三〇年一月一六日、その意思に基づいて婚姻の届出をした(以下「第一回婚姻」という。)。

(二) ところが、被控訴人Zは、昭和三八年ころに控訴人と親しい関係になって、その後同人と同棲するようになり、昭和四〇年一月一一日、被控訴人X作成部分を勝手に偽造して、同被控訴人との間の協議離婚届けを提出し(以下「第一回協議離婚」という。)、昭和四四年五月ころには控訴人と二人で熊本県上益城郡矢部町から埼玉県戸田市に転出し、同年一〇月一五日、第二回婚姻の届出をした(なお、同届出は、被控訴人Zの一存でなされたが、控訴人は、後にこれを追認した。)。

(三) この間、被控訴人Xは、被控訴人Zと離婚について協議したことがあり、親族会議が開かれたこともあったが、離婚に同意したことは一切なく、昭和四〇年代前半の選挙の際、選挙管理委員会から自己の投票用紙が旧姓の「谷口」で送られてきたことから第一回協議離婚の届出がなされていることを知るに至ったものの、被控訴人Zの父親で、当時Z家を取り仕切っていた嘉熊や被控訴人Zの長男の宏徳が、戸籍を元どおりにするから任せるよう強く言うので、やむなくその手続きを同人らに任せていた。ところが、嘉熊及び宏徳は、第一回協議離婚についての戸籍上の訂正等の手続きを行わないまま、宏徳は昭和五五年に、嘉熊は昭和六三年にそれぞれ死亡した。

(四) 被控訴人Zは、昭和五二、三年ころ、控訴人と共に埼玉県から熊本市に転居したが、その後控訴人とうまく行かなくなり、昭和六二年一月ころには控訴人に対して離婚を申し入れたが、控訴人がこれを拒否したため、控訴人のもとを出て、同年六月下旬ころ、被控訴人Xのもとに戻った。

(五) その後、被控訴人Zは、平成二年四月二七日、控訴人の了解を得ることなく第二回協議離婚の届出を提出し、被控訴人Xに何等相談することなく、同年五月二日、第三回婚姻の届出をした。

2 前記1で認定した事実によれば、第二回協議離婚は、少なくとも控訴人に離婚意思がないことが明らかであり、控訴人の意思に基づいてその旨の届出がなされたものでもないから、無効というべきである。

3 ところで、前記1で認定したとおり、第一回協議離婚についても、少なくとも被控訴人Xの意思に基づいておらず、その届出も同被控訴人の意思に基づいていないから、同協議離婚もまた無効というべきである(従って、それにも拘わらずなされた第二回婚姻は、重婚に該当することになる。)。しかしながら、重婚は、違法な婚姻ではあるものの、当然に無効なものではなく、取り消し得べき婚姻であるに止まるであって(民法七四二条、七四四条)、その取消しの効果も遡及しないから(同法七四八条一項)、法的保護に値しないとまでいうことはできない上、後に前婚(第一回婚姻)が協議離婚等により解消されることもあるから、後婚(第二回婚姻)が重婚に当たるというだけでその協議離婚(第二回協議離婚)の無効確認ができないと解すべき理由はない。また、前記1で認定したとおり、控訴人が自ら第二回協議離婚の無効原因を作出したわけではなく、控訴人には被控訴人Zとの婚姻を継続する意思がある(控訴人本人)ことをも考慮すると、第二回協議離婚の無効確認請求は理由がある。

二  婚姻取消請求について

1  一で認定、説示したとおり、第二回婚姻の届出が存在する以上、第三回婚姻が第二回婚姻との関係で形式的には重婚に該当することが明らかであるが、本件においては、瑕疵のない第一回婚姻と第三回婚姻の当事者が全く同一であって、第一回協議離婚が無効というのであり、被控訴人Xは被控訴人Zとの婚姻の継続を望んでいる上(被控訴人X本人)、控訴人が第三回婚姻の取消しを求める論理的前提となる第二回婚姻それ自体が瑕疵のない第一回婚姻との関係で重婚に該当するという瑕疵を帯びているという特殊な事情が認められる事案であるから、以上の事実関係を全体として考察すると、第三回婚姻は、実質的に見て重婚には該当しないものと解するのが相当である。

2 身分関係を公証する戸籍には、実際の身分関係の変動(発生、変更、消滅)に即した事実が正確に記載されていることが望ましいことはいうまでもないが、本件では、当事者の一方の意思に基づかない第二回協議離婚の届出及びこれに続く被控訴人ら間の第三回婚姻の届出によって、結果的に被控訴人Xの希望する第一回協議離婚の無効が認められた(瑕疵のない第一回婚姻が復活した)のとほぼ同様の状態が作出されているということもできる上、被控訴人Xにおいては、第三回婚姻の届出によって実体と戸籍が一致したことにより第一回協議離婚の無効確認訴訟を提起しただけで重婚を理由とする第二回婚姻の取消しまで求めなかったものと推認されるし、仮に、本件において重婚を理由とする第三回婚姻の取消しを認めた場合には、取り消し得べき第二回婚姻の記載が戸籍上残存することになるところ、抽象的には、第一回婚姻が後に離婚等により解消される可能性も考えられるので、第二回婚姻の記載が残っても不都合はないようにも思えるが、本件では、第一回婚姻の一方当事者である被控訴人Xは被控訴人Zとの婚姻継続を強く希望して第一回協議離婚の無効確認訴訟を提起しており(当庁平成五年(ネ)第六六四号)、第一回婚姻が解消される事実上の可能性は極めて低いと言わざるを得ない。従って、第二回婚姻自体について重婚を理由とする婚姻取消訴訟こそ提起されていないものの、それが有効な婚姻に確定する可能性は低いというべきであるから、第三回婚姻を取り消すことによって取り消し得べき第二回婚姻の戸籍上の記載を現在の身分関係に合致するものとして残すことは結局において不都合であると言わざるを得ない。

3  なお、控訴人は、「被控訴人Xは、戸籍上離婚になっていることを知った上で二六年以上も右戸籍の記載を放置していたから法的保護に値せず、今になって第一回協議離婚の無効を主張するのは権利の濫用に当たる。」旨主張するが、前記一1(三)で認定したとおり、被控訴人Xは、第一回協議離婚の届出がなされていることを知った後、Z家を取り仕切っていた嘉熊や宏徳に戸籍の回復を委ねていたのであって、これを放置していたわけではなく、他に被控訴人Xの右主張が権利の濫用に該当することを認めるに足る特段の事情も窺うことはできないから、控訴人の権利濫用の主張は理由がない。

三  慰謝料請求について

次に、被控訴人らに対する共同不法行為を理由とする慰謝料請求については、前記一で認定したとおり、被控訴人Zは、控訴人の婚姻継続の意思を無視して虚偽の協議離婚届を提出したのであるから、それが控訴人に対する不法行為を構成することは明らかであり、その結果、控訴人が精神的な苦痛を被ったことも容易に推認することができるところであって、その同居期間、第一回協議離婚の届出が被控訴人Xの意思に基づいていないことを控訴人が知らなかったこと(控訴人本人)など本件に現われた一切の事情を考慮すると、これにより控訴人が被った精神的苦痛を慰謝するには、五〇万円の慰謝料をもってするのが相当である。

しかしながら、被控訴人Xに対する請求については、同被控訴人が第二回協議離婚の届出に何等かの形で関与していた事実は本件全証拠によってもこれを認めるに足りず、いわんや、右届出をするについての被控訴人Zとの共謀の事実を認めるのに足りる証拠はないから、被控訴人Xに対する請求は理由がない。

四  以上のとおりであって、控訴人の本件各請求のうち、協議離婚無効確認の訴えは理由があり、控訴人の被控訴人Zに対する金員請求は主文の限度で理由がある(なお、遅延損害金の請求については、右五〇万円につき、不法行為の後の日である平成三年一〇月二〇日から右支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由がある。)が、被控訴人らに対する婚姻取消しの訴え並びに被控訴人Zに対するその余の金員請求及び被控訴人Xに対する金員請求はいずれも理由がないからこれを棄却すべきである。

よって、原判決を主文のとおり変更することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条、九二条本文、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官足立昭二 裁判官有吉一郎 裁判官奥田正昭)

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